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被災地の皆さんへ、ペット飼育可住宅のご紹介です。 - 2011.06.15 Wed
【広島の原爆】 9歳で被爆した少女が玄米食で奇跡的に回復 - 2011.06.10 Fri
今、日本は「放射能汚染」と言う大変深刻な問題と向き合っていますが、かつて、日本はアメリカ軍による原爆投下という世界的記録に残る残虐な被爆という被害に遭っています。その時の被爆者を救った食生活が、今日、放射能汚染で悩む日本人には大変に役立つ記録として残っています
放射能汚染は福島県を始めとする東日本と思いきや、この様な記事を見かけました。
「殆ど取り上げることのなかったニュースに台湾の輸入業者から「鹿児島産のソラマメから放射能」の報告あげられたこと。福島原発の放射性物質が空中を舞い鹿児島まで拡散したのでしょうか?推測の範疇ではありますが、新燃岳の噴火に原因があるものと考えられます。新燃岳の噴火をテストケースと考えてみると繋がってくるのではないでしょうか?」
http://ameblo.jp/wishes-cometrue/day-20110425.html
今や放射能汚染は九州まで拡散しているものと思われます。放射性物質は目に見えない魔物、衣類に付着することで室内に入り込み室内汚染、呼吸で吸い込んでしまえば、体内で放射線を浴び続けていることになります。所謂、体内被曝です。反原発のために37年間、原子力について研究されて来られた京都大学原子炉実験所助教の小出裕章先生は「放射線のしきい値は無い」と仰っています。少しだけだから大丈夫という事はなく少しでも何らかの人体影響が及ぼされると言われています。
55炉も原発を持つ日本、世界で3番目の原発所有国ですが危機管理は殆どゼロでした。原発誘致から40年もの間、幸いにも大きな事故にも見舞われず運転してきました。『原発は安全』という幻想を抱いてしまったのかもしれません。ですが、今日、多くの子供達が放射能に悩まされています。一部では被爆症状が現れ始めています。何の罪も無い子供達に放射能を浴びても政府は守ってはくれません。先進国、日本のあるべき姿なのでしょうか?被爆しても保障も何も無いのです。(福島県の一部の地域と作業員従事者の一部)
低線量と言うごく僅かな放射線が拡散する空間で暮らすためには、各自が人体被害を防ぎながら過ごさなければなりません。高価な治療薬を使用しなくても放射線に強い体をつくれば心配ありませんね。『放射能から体を守るレシピ』で健康な毎日を過ごしましょう。
食生活について
●玄米、味噌汁の粗食が放射能にも原爆症の予防に
長崎の原子爆弾から1.8kmの診療所で食事指導に玄米食やみそ汁を進めて、90人ぐらいの人がその場所で生活をして放射線障害を発症しなかった。『死の同心円一長崎被曝医師の記録』長崎文献社[単行本]秋月辰一郎著
原爆(放射能)に勝った玄米と味噌汁
長崎の原爆投下直後から、献身的に被災者の救護・治療に活躍された、聖フランシスコ病院の浦上第1病院の秋月辰一郎医師は「昭和20年8月9日の原子爆弾は長崎市内を大半灰燼にし、爆心地より1.8kmの私の病院は、死の灰の中に廃墟として残った。私と私の病院の仲間は焼け出された患者を治療しながら働き続けた。私達の病院は長崎市内の味噌・醤油の倉庫にもなっていた。玄米と味噌は豊富であった。さらに、わかめもたくさん保存していたのである。その時私と一緒に、患者の救助、付近の人々の治療に当たった従業員に、いわゆる原爆症が出なかった原因の一つは、「わかめの味噌汁と玄米」であったと、私は確信している。」と著書『体質と食物』(クリエー出版)に書かれている。
「わかめの味噌汁と玄米」で自分の結核を克服したと信じている秋月医師はスタッフ全員に「わかめの味噌汁と玄米食」を勧めていた。また砂糖(甘いもの)は避けるように指示した。そのお陰で、医師、看護師らは獅子奮迅の働きで多くの命を救い、原爆症を発症したスタッフは一人もいなかったという、味噌(大豆)のタンパク質やビタミン・ミネラル(ヨードやカルシウムなど)・繊維・玄米のビタミン・ミネラル・ファイトケミカル(フィチン酸・フェルラ酸など)等々の総合力によって放射能の害を抑えたとしか考えられない。
広島の原爆では、9歳で被爆した少女が玄米食で奇跡的に回復し、その後結婚されて7人もの子宝に恵まれた。佐和子さんは外で遊んでいるときにピカドンの爆風で飛ばされ、屋根から転がり落ちて我に返った。足の裏まで焼けた全身やけど(髪の毛も眉毛も黒こげ)の中、必死の思いで母親を見つけ出した。全身に水をかけられ病院に運ばれ即入院。奇跡的に一命を取りとめたものの、ケロイド(やけどの傷跡)は切っても切っても盛り上がり、夏場はその傷口からウジが湧いて、そのウジを取って暮らすのが辛かったという。高校生になるまで、母親は佐和子さんに鏡は一切使わせなかった。こんな醜い顔では結婚もできない。原爆症で白血球も肝機能も低下し、生きる支えはただーつ、勉強して研究者になり、原爆・放射能の研究をしようと思いたった。
彼女は猛勉強をして広島大学工学部に入学、放射能の研究一筋の生活に入った。そして玄米食をしていた平賀先生と巡り合う。先生は暇さえあれば佐和子さんを山へ連れ出し、山菜や薬草を取りに行き、「玄米を食べて治らない病気はない。身体の浄化作用をするのは玄米の働きだから、玄米を食べれば原爆症だって治る」と言って玄米食を勧めた。その言葉を信じて玄米食を姶めた佐和子さんの身体に、数か月で変化が起きた。あの焼けただれたケロイドの皮膚がポロポロと剥がれ落ちてきたのだ。髪の毛も眉毛も元通りに戻った。そして平賀先生と結婚。なんと7人の子どもを生み育てたのだ。これも命ある玄米や野菜・海藻の総合力以外の何物でもない。
最後に秋月医師の著書より、「日本人は米・麦が主食で、副食として何が一番優れているかを考察すべきである。米・麦飯には、やはり何といっても、油揚げ、わかめの味噌汁が傑作である。」食生活は種々の食物の総合力であることは明らかだ。普段から野菜・海藻多めの日本食で主食は玄米に努めることは勿論だが、原発の事故により放射能が放出されている非常事態の今こそ、玄米・大豆(味噌など)・野菜・海藻の総合力によって多くの人々が何としても自らの生命と健康を守っていただきたいと思う。
●青汁を飲む
放射線を浴びると、二酸化炭素がたくさん体の中にできるので、抗酸化物質をたくさん摂取するとよい。
●放射能を排泄するサプリメント、スピレン、EM菌を飲む。
●放射線を削減できる浄水器
放射性物質は、非常に粒子が細かく、例えばセシウムは0.0006ミクロン程度なので現在売られている普通の浄水器では除去できません。ハーレーやシーガルフォーなどの有名なその他の高級品でも百万分の1ミリ単位の微粒子には対処できず、これを除去できるのは「逆浸透膜(Reverse Osmosis Membrane)」を備えた特殊な常識だけです。この種の浄水器メーカーは(ワッツ社)が米国科学財団(NSF)の飲料水処理システム試験場に委託して行った濾過テストの結果を見るとセシウム、ストロンチウムなどが99%除去されています。逆浸透膜は水の分子以外の不純物をほとんどすべて除去しますのでこれで濾過した水は「純粋」つまり完全に純粋な水になり、ウイルス、細菌、農薬、トリハロメタン、ダイオキシン、水銀、鉛、カドミウム、等から、放射性物質(ヨウ素、セシウム、プルトニウム、ストロンチウム等)に至るまで有害な物質は全て除去されますので、飲料水としての安全性は理想的なものとなります。
この「純粋」は硬度が10以下の軟水なので市販のミネラルウォーターでは国産品(六甲の水など)に近い味で外国産(硬水)よりあっさりしており、乳児の粉ミルク用、お茶、炊飯なとに適しているとされています。
逆浸透式の浄水器は、国内では、ニューメディカル社の「クリスタルヴァレー」(26万2500円)とゼオライト社の「あじさいの泉」(38万円)などがあり、後者は業務用の大型品(高さ125cm)です。海外では米国にエイペック、ワッツ、ピュアプロ社他周社の製品が20種類以上あり、5段ろ過式標準品の日本における価格は9〜15万円となっています。これには付属の蛇口と排水パイプの取り付けが必要ですが、規制の蛇口に接続するポータブル型の製品もあり、これは据え置きタイプの半額程度で購入できます。
●汚染除去――植物の力が最も有望視されている。
ファイトレメディエーションは植物が根から水分や養分を吸収する性質を利用した、土壌、水質の浄化技術。土壌の除去の方法で、有望なのはバイオレメディエーション、微生物、菌類、植物などを使って有害物質で汚染された自然環境を浄化する技術です。ヒマワリや菜の花が知られるようになりましたが、それ以外に大麻(もっとも日本では育ててはいけない植物です)も。また、マイナス電気を帯びた粘着物質を出す光合成細菌を使う方法も実験されています。細菌は管理が難しいかもしれませんね。ヒマワリや菜の花は動き回らないし、誰でも目で確認できるものなので、放射能を帯びた細菌が拡散しても困りますね(転載ここまで)。
どう考えましても、世界の雛形であり、もっとも先端を行っているのがいまの日本のようですから、すべてのことにできるだけ注意をし、上手に適応できるようにしようではありませんか。
=以上=【転載終了】
「福島第1原発事故・・・真実は」より転載
http://blog.livedoor.jp/nuclear_power_plant/archives/3522525.html
放射能汚染は福島県を始めとする東日本と思いきや、この様な記事を見かけました。
「殆ど取り上げることのなかったニュースに台湾の輸入業者から「鹿児島産のソラマメから放射能」の報告あげられたこと。福島原発の放射性物質が空中を舞い鹿児島まで拡散したのでしょうか?推測の範疇ではありますが、新燃岳の噴火に原因があるものと考えられます。新燃岳の噴火をテストケースと考えてみると繋がってくるのではないでしょうか?」
http://ameblo.jp/wishes-cometrue/day-20110425.html
今や放射能汚染は九州まで拡散しているものと思われます。放射性物質は目に見えない魔物、衣類に付着することで室内に入り込み室内汚染、呼吸で吸い込んでしまえば、体内で放射線を浴び続けていることになります。所謂、体内被曝です。反原発のために37年間、原子力について研究されて来られた京都大学原子炉実験所助教の小出裕章先生は「放射線のしきい値は無い」と仰っています。少しだけだから大丈夫という事はなく少しでも何らかの人体影響が及ぼされると言われています。
55炉も原発を持つ日本、世界で3番目の原発所有国ですが危機管理は殆どゼロでした。原発誘致から40年もの間、幸いにも大きな事故にも見舞われず運転してきました。『原発は安全』という幻想を抱いてしまったのかもしれません。ですが、今日、多くの子供達が放射能に悩まされています。一部では被爆症状が現れ始めています。何の罪も無い子供達に放射能を浴びても政府は守ってはくれません。先進国、日本のあるべき姿なのでしょうか?被爆しても保障も何も無いのです。(福島県の一部の地域と作業員従事者の一部)
低線量と言うごく僅かな放射線が拡散する空間で暮らすためには、各自が人体被害を防ぎながら過ごさなければなりません。高価な治療薬を使用しなくても放射線に強い体をつくれば心配ありませんね。『放射能から体を守るレシピ』で健康な毎日を過ごしましょう。
食生活について
●玄米、味噌汁の粗食が放射能にも原爆症の予防に
長崎の原子爆弾から1.8kmの診療所で食事指導に玄米食やみそ汁を進めて、90人ぐらいの人がその場所で生活をして放射線障害を発症しなかった。『死の同心円一長崎被曝医師の記録』長崎文献社[単行本]秋月辰一郎著
原爆(放射能)に勝った玄米と味噌汁
長崎の原爆投下直後から、献身的に被災者の救護・治療に活躍された、聖フランシスコ病院の浦上第1病院の秋月辰一郎医師は「昭和20年8月9日の原子爆弾は長崎市内を大半灰燼にし、爆心地より1.8kmの私の病院は、死の灰の中に廃墟として残った。私と私の病院の仲間は焼け出された患者を治療しながら働き続けた。私達の病院は長崎市内の味噌・醤油の倉庫にもなっていた。玄米と味噌は豊富であった。さらに、わかめもたくさん保存していたのである。その時私と一緒に、患者の救助、付近の人々の治療に当たった従業員に、いわゆる原爆症が出なかった原因の一つは、「わかめの味噌汁と玄米」であったと、私は確信している。」と著書『体質と食物』(クリエー出版)に書かれている。
「わかめの味噌汁と玄米」で自分の結核を克服したと信じている秋月医師はスタッフ全員に「わかめの味噌汁と玄米食」を勧めていた。また砂糖(甘いもの)は避けるように指示した。そのお陰で、医師、看護師らは獅子奮迅の働きで多くの命を救い、原爆症を発症したスタッフは一人もいなかったという、味噌(大豆)のタンパク質やビタミン・ミネラル(ヨードやカルシウムなど)・繊維・玄米のビタミン・ミネラル・ファイトケミカル(フィチン酸・フェルラ酸など)等々の総合力によって放射能の害を抑えたとしか考えられない。
広島の原爆では、9歳で被爆した少女が玄米食で奇跡的に回復し、その後結婚されて7人もの子宝に恵まれた。佐和子さんは外で遊んでいるときにピカドンの爆風で飛ばされ、屋根から転がり落ちて我に返った。足の裏まで焼けた全身やけど(髪の毛も眉毛も黒こげ)の中、必死の思いで母親を見つけ出した。全身に水をかけられ病院に運ばれ即入院。奇跡的に一命を取りとめたものの、ケロイド(やけどの傷跡)は切っても切っても盛り上がり、夏場はその傷口からウジが湧いて、そのウジを取って暮らすのが辛かったという。高校生になるまで、母親は佐和子さんに鏡は一切使わせなかった。こんな醜い顔では結婚もできない。原爆症で白血球も肝機能も低下し、生きる支えはただーつ、勉強して研究者になり、原爆・放射能の研究をしようと思いたった。
彼女は猛勉強をして広島大学工学部に入学、放射能の研究一筋の生活に入った。そして玄米食をしていた平賀先生と巡り合う。先生は暇さえあれば佐和子さんを山へ連れ出し、山菜や薬草を取りに行き、「玄米を食べて治らない病気はない。身体の浄化作用をするのは玄米の働きだから、玄米を食べれば原爆症だって治る」と言って玄米食を勧めた。その言葉を信じて玄米食を姶めた佐和子さんの身体に、数か月で変化が起きた。あの焼けただれたケロイドの皮膚がポロポロと剥がれ落ちてきたのだ。髪の毛も眉毛も元通りに戻った。そして平賀先生と結婚。なんと7人の子どもを生み育てたのだ。これも命ある玄米や野菜・海藻の総合力以外の何物でもない。
最後に秋月医師の著書より、「日本人は米・麦が主食で、副食として何が一番優れているかを考察すべきである。米・麦飯には、やはり何といっても、油揚げ、わかめの味噌汁が傑作である。」食生活は種々の食物の総合力であることは明らかだ。普段から野菜・海藻多めの日本食で主食は玄米に努めることは勿論だが、原発の事故により放射能が放出されている非常事態の今こそ、玄米・大豆(味噌など)・野菜・海藻の総合力によって多くの人々が何としても自らの生命と健康を守っていただきたいと思う。
●青汁を飲む
放射線を浴びると、二酸化炭素がたくさん体の中にできるので、抗酸化物質をたくさん摂取するとよい。
●放射能を排泄するサプリメント、スピレン、EM菌を飲む。
●放射線を削減できる浄水器
放射性物質は、非常に粒子が細かく、例えばセシウムは0.0006ミクロン程度なので現在売られている普通の浄水器では除去できません。ハーレーやシーガルフォーなどの有名なその他の高級品でも百万分の1ミリ単位の微粒子には対処できず、これを除去できるのは「逆浸透膜(Reverse Osmosis Membrane)」を備えた特殊な常識だけです。この種の浄水器メーカーは(ワッツ社)が米国科学財団(NSF)の飲料水処理システム試験場に委託して行った濾過テストの結果を見るとセシウム、ストロンチウムなどが99%除去されています。逆浸透膜は水の分子以外の不純物をほとんどすべて除去しますのでこれで濾過した水は「純粋」つまり完全に純粋な水になり、ウイルス、細菌、農薬、トリハロメタン、ダイオキシン、水銀、鉛、カドミウム、等から、放射性物質(ヨウ素、セシウム、プルトニウム、ストロンチウム等)に至るまで有害な物質は全て除去されますので、飲料水としての安全性は理想的なものとなります。
この「純粋」は硬度が10以下の軟水なので市販のミネラルウォーターでは国産品(六甲の水など)に近い味で外国産(硬水)よりあっさりしており、乳児の粉ミルク用、お茶、炊飯なとに適しているとされています。
逆浸透式の浄水器は、国内では、ニューメディカル社の「クリスタルヴァレー」(26万2500円)とゼオライト社の「あじさいの泉」(38万円)などがあり、後者は業務用の大型品(高さ125cm)です。海外では米国にエイペック、ワッツ、ピュアプロ社他周社の製品が20種類以上あり、5段ろ過式標準品の日本における価格は9〜15万円となっています。これには付属の蛇口と排水パイプの取り付けが必要ですが、規制の蛇口に接続するポータブル型の製品もあり、これは据え置きタイプの半額程度で購入できます。
●汚染除去――植物の力が最も有望視されている。
ファイトレメディエーションは植物が根から水分や養分を吸収する性質を利用した、土壌、水質の浄化技術。土壌の除去の方法で、有望なのはバイオレメディエーション、微生物、菌類、植物などを使って有害物質で汚染された自然環境を浄化する技術です。ヒマワリや菜の花が知られるようになりましたが、それ以外に大麻(もっとも日本では育ててはいけない植物です)も。また、マイナス電気を帯びた粘着物質を出す光合成細菌を使う方法も実験されています。細菌は管理が難しいかもしれませんね。ヒマワリや菜の花は動き回らないし、誰でも目で確認できるものなので、放射能を帯びた細菌が拡散しても困りますね(転載ここまで)。
どう考えましても、世界の雛形であり、もっとも先端を行っているのがいまの日本のようですから、すべてのことにできるだけ注意をし、上手に適応できるようにしようではありませんか。
=以上=【転載終了】
「福島第1原発事故・・・真実は」より転載
http://blog.livedoor.jp/nuclear_power_plant/archives/3522525.html
震災から66日振り愛猫と再会 危険を承知で浸水住宅で愛猫と生活 - 2011.06.07 Tue
jiji.comでは、震災から66日振りに愛猫と再開できた記事が紹介されていました。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011060700050&j4
66日ぶり愛猫と再会=危険承知、浸水住宅で生活−宮城の女性「離さない」
宮城県東松島市の熊谷治美さん(43)は先月、東日本大震災で行方不明となった飼い猫コロと66日ぶりに再会した。「もう離したくない」。避難所ではペットが飼えず、津波で浸水した住宅に危険を承知で愛猫と身を寄せている。
コロは5歳の雄。生まれたばかりで捨てられていたのを、おいっ子が拾ってきた。その5、6年前に雄猫が腕の中で息を引き取って以来、飼うのをやめていたが、猫好きに戻るまで時間はかからなかった。すしネタをあげるほど溺愛した。
3月11日、大きな揺れに驚いたのか、コロは家を飛び出した。熊谷さんは両親らと避難。自宅は津波に襲われ、1階が約2メートル浸水した。家業のノリ養殖で使う乾燥機も流され、10そうあった船は1そうだけになった。
消防団員の弟(40)が3日後、捜索中に自宅2階でコロを目撃。熊谷さんはがれきを乗り越え、たどり着いたが、コロはおらず、餌を残しておいた。食べた跡のないまま1週間が過ぎ、期待は諦めに変わった。
「コロじゃないのか」。親戚から連絡が来たのは5月16日。自宅から約300メートルの場所に駆け付けた。ガリガリに痩せ、傷だらけだが、すぐ分かった。驚きのあまり呼び掛けも抱き締めもせず、泣き崩れた。
抱かれるのを嫌い、人見知りするコロが他人に腹を見せて寝転がり、擦り寄る姿を見て、66日間の生活を想像した。「どんな思いで生きてきたのか」。好き嫌いが消え、牛乳や鶏肉も口にするようになっていた。(2011/06/07-05:57)
以上、jiji.comより転載
震災で行方不明になってしまった愛猫、愛犬を探されている方はたくさん居られることと思います。
被災から、既に3ヶ月が経とうとしています。jiji.comの記事の宮城県東松島市の熊谷治美さんの様に「半ば諦め」に近い感情が出てきてしまうのも当然と思います。
思いつくところを一生懸命探しても見つからない。やっぱり津波に飲み込まれてしまったのかも知れない。
悪い予感を抱いてしまうのは、人間なら誰しもあることだと思います。
だけど、私は『諦めないで欲しい』そう思います。
人事のように思われてしまうのかも知れないのですが、「必死に探しても見つからない」そう言ったことは良くあることです。忘れかけてた頃に似たようなワンちゃん、猫ちゃんを見かけた、という情報が入ったりすることが多々あります。
私も過去に、愛犬に失踪されてしまうという経験をしています。
皆さん同様、愛犬、愛猫が行方不明の間は、ご飯の心配、雨の日はどうしてるだろうか?びしょ濡れになっているのだろう。好天の日は暑くて飲み水はどうしてるのだろうか?野犬に咬まれて負傷してるのでは?交通事故に遭っているのでは?水路に落ちたりしてるのでは?ありとあらゆる想定が頭を過ぎってしまいます。
必死に探す中で、なかなか見つからなかったりしますと、やはり最悪の状態であるかも知れない。と思える時があるんですね。でも、やっぱり諦めが付きませんので、時間の許す限り探して回っていました。
そうして過ごす内に、警察署から「犬を保護しています」と連絡が入り早速、家のワンであるのかを確認に伺いました。保護されていた犬は嬉しいことに家のワンでした。
悪いことばかりでは、ありません。犬猫動物好きな方はたくさん居ます。放浪している犬猫を見かねて救ってくださる方もいます。
中には、ご年配の方が保護をしてくださっている。と言うことも考えられます。PC環境にない方々もたくさん居ますし、保護した犬猫の情報を保健所や警察署、市役所に届け出ることを知らない方もたくさんいます。
私自身、犬を飼い始めて30年になりますが、2005年に家のワンが失踪した時、どうして探したらいいのか?分からずに大変悩みました。先ず、警察署に電話を掛けて聞いても良いものなのか、さえも悩みましたが、尋ねる術を知りませんので、迷惑がられても仕方ないと思いながら警察署に連絡を入れました。
警察署に電話を入れたことは正解でした。電話に出られた警察署の方は、「保健所と役場に連絡を入れましたか?」と尋ねてこられましたので、「未だです」と答えました。
そうしますと、「保健所に保護されると数日で処分されてしまうので、早く連絡を入れて届出を出してください」と教えてくださいました。
長年犬を飼い続けてきた私ですが、犬が失踪した時の届出すらも知りませんでした。結構、私のような人っているのではないでしょうか?反対に「犬を保護した」けど、どうしたら良いのか分からない。周りの人間に聞いても、知ってる人がいなかったり。保護した犬をそのまま飼い続けている状態ってあるんじゃないのかな?って思えるんですね。
諦めずに探して欲しい。そして、より多くの方々に呼びかけ情報を拡散してもらう事で、愛犬、愛猫との再会に繋がるのではないかと思います。
人と犬、言葉を交わすことは出来ません。遠く離れ離れとなってしまったとしても、強く願うことで気持ちが通じる(以心伝心、テレパシー)と思えるのですが・・・
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011060700050&j4
66日ぶり愛猫と再会=危険承知、浸水住宅で生活−宮城の女性「離さない」
宮城県東松島市の熊谷治美さん(43)は先月、東日本大震災で行方不明となった飼い猫コロと66日ぶりに再会した。「もう離したくない」。避難所ではペットが飼えず、津波で浸水した住宅に危険を承知で愛猫と身を寄せている。
コロは5歳の雄。生まれたばかりで捨てられていたのを、おいっ子が拾ってきた。その5、6年前に雄猫が腕の中で息を引き取って以来、飼うのをやめていたが、猫好きに戻るまで時間はかからなかった。すしネタをあげるほど溺愛した。
3月11日、大きな揺れに驚いたのか、コロは家を飛び出した。熊谷さんは両親らと避難。自宅は津波に襲われ、1階が約2メートル浸水した。家業のノリ養殖で使う乾燥機も流され、10そうあった船は1そうだけになった。
消防団員の弟(40)が3日後、捜索中に自宅2階でコロを目撃。熊谷さんはがれきを乗り越え、たどり着いたが、コロはおらず、餌を残しておいた。食べた跡のないまま1週間が過ぎ、期待は諦めに変わった。
「コロじゃないのか」。親戚から連絡が来たのは5月16日。自宅から約300メートルの場所に駆け付けた。ガリガリに痩せ、傷だらけだが、すぐ分かった。驚きのあまり呼び掛けも抱き締めもせず、泣き崩れた。
抱かれるのを嫌い、人見知りするコロが他人に腹を見せて寝転がり、擦り寄る姿を見て、66日間の生活を想像した。「どんな思いで生きてきたのか」。好き嫌いが消え、牛乳や鶏肉も口にするようになっていた。(2011/06/07-05:57)
以上、jiji.comより転載
震災で行方不明になってしまった愛猫、愛犬を探されている方はたくさん居られることと思います。
被災から、既に3ヶ月が経とうとしています。jiji.comの記事の宮城県東松島市の熊谷治美さんの様に「半ば諦め」に近い感情が出てきてしまうのも当然と思います。
思いつくところを一生懸命探しても見つからない。やっぱり津波に飲み込まれてしまったのかも知れない。
悪い予感を抱いてしまうのは、人間なら誰しもあることだと思います。
だけど、私は『諦めないで欲しい』そう思います。
人事のように思われてしまうのかも知れないのですが、「必死に探しても見つからない」そう言ったことは良くあることです。忘れかけてた頃に似たようなワンちゃん、猫ちゃんを見かけた、という情報が入ったりすることが多々あります。
私も過去に、愛犬に失踪されてしまうという経験をしています。
皆さん同様、愛犬、愛猫が行方不明の間は、ご飯の心配、雨の日はどうしてるだろうか?びしょ濡れになっているのだろう。好天の日は暑くて飲み水はどうしてるのだろうか?野犬に咬まれて負傷してるのでは?交通事故に遭っているのでは?水路に落ちたりしてるのでは?ありとあらゆる想定が頭を過ぎってしまいます。
必死に探す中で、なかなか見つからなかったりしますと、やはり最悪の状態であるかも知れない。と思える時があるんですね。でも、やっぱり諦めが付きませんので、時間の許す限り探して回っていました。
そうして過ごす内に、警察署から「犬を保護しています」と連絡が入り早速、家のワンであるのかを確認に伺いました。保護されていた犬は嬉しいことに家のワンでした。
悪いことばかりでは、ありません。犬猫動物好きな方はたくさん居ます。放浪している犬猫を見かねて救ってくださる方もいます。
中には、ご年配の方が保護をしてくださっている。と言うことも考えられます。PC環境にない方々もたくさん居ますし、保護した犬猫の情報を保健所や警察署、市役所に届け出ることを知らない方もたくさんいます。
私自身、犬を飼い始めて30年になりますが、2005年に家のワンが失踪した時、どうして探したらいいのか?分からずに大変悩みました。先ず、警察署に電話を掛けて聞いても良いものなのか、さえも悩みましたが、尋ねる術を知りませんので、迷惑がられても仕方ないと思いながら警察署に連絡を入れました。
警察署に電話を入れたことは正解でした。電話に出られた警察署の方は、「保健所と役場に連絡を入れましたか?」と尋ねてこられましたので、「未だです」と答えました。
そうしますと、「保健所に保護されると数日で処分されてしまうので、早く連絡を入れて届出を出してください」と教えてくださいました。
長年犬を飼い続けてきた私ですが、犬が失踪した時の届出すらも知りませんでした。結構、私のような人っているのではないでしょうか?反対に「犬を保護した」けど、どうしたら良いのか分からない。周りの人間に聞いても、知ってる人がいなかったり。保護した犬をそのまま飼い続けている状態ってあるんじゃないのかな?って思えるんですね。
諦めずに探して欲しい。そして、より多くの方々に呼びかけ情報を拡散してもらう事で、愛犬、愛猫との再会に繋がるのではないかと思います。
人と犬、言葉を交わすことは出来ません。遠く離れ離れとなってしまったとしても、強く願うことで気持ちが通じる(以心伝心、テレパシー)と思えるのですが・・・

















